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zoom RSS 小掛照二さんの葬儀

<<   作成日時 : 2010/05/15 22:43   >>

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 かつての陸上三段跳びの世界記録保持者で、日本陸上競技連盟(陸連)の名誉副会長、小掛照二さんの葬儀が昨日、東京青山で行われました。小掛さんは北海道マラソン創設に絶大な支援をいただいた方。北海道新聞を代表して、前日のお通夜、昨日の朝の告別式に参列しました。5月9日逝去。享年77。

  
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 青山葬儀所に行ってみて驚いたのは、参列者や、供花供物の贈呈者表示板。その数だけでなく、各界人士の多岐にわたること。スポーツ界だけでなく、政界、経済界、文化・芸能関係。生前の小掛さんの交友の広さ、深さがしのばれました。
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  お通夜、霊前でお焼香を済ませた後、立礼される、喪主の奥様泰子さんに、キタは「生前、北海道マラソンのために本当にお世話になりました。お陰で、来年は第25回の記念の年を迎えます」と報告しました。



 告別式では3通の手紙が朗読されました。最初に日本陸連名誉会長の青木半治さん。次にマラソンの増田明美さんと高橋尚子さん。なかでも増田さんのものが印象的でした。

  ロス五輪で惨敗した増田さんにアメリカ留学を奨めるなど、後輩アスリートを技術面の指導だけでなく、心のサポートを丁寧にされていたことがよくわかります。高橋さんも小掛さの厳しくも温かい指導ぶりに感謝しけれないという内容でした。

 以下のことはキタがしらないだけで、陸上競技に精通している人ならだれでも知っている有名なエピソードかもしれませんが。

 3段跳びの世界記録を持ち、メルボルン五輪(1956年)でのメダルが期待された小掛さんが本番では8位に終わった。その原因は競技の前に日本の新聞社カメラマンの求めに応じて何度も飛んでいるうちに足をねんざしたためだったが、そのことは隠し、全く弁解しなかったといいます。

 その後、1960年代後半から90年代にかけて、日本陸上界の後進育成=強化というそう=の中枢を担ったのが小掛さんでした。それも競技生活では専門外だったマラソンで。

  「マラソンを強化せずして日本の陸上競技の向上はない」という自論だったといいます。

 3通の手紙は小掛さんのひつぎに納められたそう。

 キタはこの4年間、事業局の仕事をして、北海道マラソンの支援をしていただく小掛さんとお近づけになれましたが、その業績、お人柄についてほとんど知らぬままお別れすることになってしまいました。

 端正なお顔と、178センチという長身は堂々たるものでした。北海道マラソンを向上させるためにも、もっといろんなことを直接お聞きすべきでした。残念でなりません。

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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