新しいサイトでブログを書きました

感謝カンレキの新しいサイトに、きょう6月30日(木)初めて投稿しました。どうかお立ち寄りください。ブログ名は同じ「感謝カンレキ雨あられ@アジア群島人」ですが、略称「感謝カンレキ」が検索エンジンでヒットするのはまだこの第1サイトだと思います。当分は新しいサイトのURLからお立ち寄りください。  新サイト    https://mak…
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ブログのURLが変わります

ブログ「感謝カンレキ雨あられ@アジア群島人」(通称感謝カンレキ)はSeesaaブログ(通称シーサー)に移転します。すでに移転先でも同じブログタイトルで閲覧できます。  2008年4月から大手電機メーカー、NECが関わるプロバイダーBIGLOBEを利用してきましたが、NECがじりじりと後ろにさがり、現在では別の運営になっています。さ…
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師弟は一生もの

10数年間書道の手解きを受けた熊川景子先生(北海道書道展審査会員)から今年も同展の入場券が届いた。諸般の事情から文化センター通いを何年か前にやめたが、不肖の弟子を今なお気遣ってくださる。明日からの会員展で先生の近作を拝見しに行こう。 届いた封書には懐かしい先生の墨書達筆の添え書きがあった。 古来名書家の手紙は尺牘(せきとく)…
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このブログのプロバイダーが店じまいするらしい

2008年4月から続けているこのブログ。サイトを提供してくれているBIGLOBEが2023年1月末でサービスを停止するという連絡がきた。このごろはすっかり低調な投稿なので、古くからの読者の皆さんに不快な思いをさせているでしょう。まことに申し訳ない。さてどうするか。 ❶これを機会にブログはすっぱりやめる。14年間の過去ログもすべて放…
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宝塚新芸座と初音礼子

Facebookで、宝塚歌劇観劇のことか書かれているを見て、いまはなき宝塚ファミリーランドにあったもう一つの劇場(第二劇場といったか)のことを思い出した。中一の寒くないころだから、1961年か。阪急宝塚線曽根に住んでいたころ、母親と3兄弟妹の4人でファミリーランドに行った。 ▲宝塚新芸座公演のポスター。1951年4月とある=阪急文…
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急行ニセコがあればなあ

先週金曜日、鈍行の旅で長万部に行ったお話の後編です。予定通り16時38分発の小樽行きに乗り、小樽で新千歳行き鈍行(札幌から快速エアポートに)に乗り換えて札幌から地下鉄に乗り換え。自宅着は20時50分ごろでしたかしら。朝家出たのが8時50分ごろでしたから、きっちり12時間の旅でした。 長万部からの山線(ニセコ、倶知安経由)16時38…
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長万部へ鈍行の旅

もう3日前、先週の金曜日のことだが、当日の朝、急に思い立ってJR札幌駅から片道174㌔の函館線長万部駅まで、日帰り鈍行の旅をしてしまった。家を午前9時前出て帰宅したのも、午後9時前。車窓はすべて白銀世界だった。  上に「急に思い立って・・」と書いたが、実は「長万部」のことが気にかかっていたことは間違いない。「2030年度末の北海道…
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雨と風をめぐる日韓のことば

이슬비、 보슬비 소낙비 (韓日辞典に出てこない。たぶん雨のたぐいだと類推)夕立소나と似ている。단비(甘い雨=干天の慈雨) 日本に小雨(こさめ) こぬか雨、春雨(はるさめ)、霧雨、村雨(むらさめ)にわか雨、通り雨、遣(や)らずの雨があるように韓国語にも雨がいろいろあって歌に歌われてるなあ。 風もそうだね。日韓に風にまつわ…
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63年ぶりに恩師の写真と対面

最近、月イチ以下に落ちたこのブログ投稿。定期的にアクセスしていただく固定読者のみなさんには「なんだ、さぼってるなあ」と落胆させてまことに申し訳ないとは思っています。それでもなにかの拍子に、たまたま過去ログを読んでくれる人もいらっしゃるから、ブログの閉鎖もしたくない。  先日、横浜に住む森岡伸彦さんという8つ年下の男性から手紙をもら…
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ことしは挑戦の年

2022年1月も半分を過ぎた。ここらで、今年1年の行き方を表明しとくの悪くはないでしょう。ことしは挑戦の年です。74歳になるけれども。どんな挑戦をするのか?  まず3月27日の中国語検定試験3級に再挑戦する。2016年に受けたが敢え無く敗退。19年にランクを1段落して4級を受験。何とか合格した。中国語はリスニングがむずかしい。その…
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苦戦してます 記憶を構造化せよ

日本語教員を志して4ヶ月目に入った。73歳という年齢のせいか、単純記憶がままならず、なかなか記憶が定着しない。こんなに記憶力が悪かったかと愕然とするが、そうは言っていられないがんばらねば。 人の記憶の中に蓄えられた概念の集まりであり、過去の知識が構造化されたものを認知言語学の用語でスキーマと呼ぶ。 これとは直接、関係はな…
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スキーマとは

いま、以下のようなことを勉強しています。これを読む方々には何の関係もございませんが。いままであいまいに使っていた語彙、用語でさえ、辞書や専門書を頼りに、論理的に解釈して次の論理展開に結びつける、厄介な学問の迷路に迷い込んだようです。  認知言語学の用語である「スキーマ」は人間の記憶の中に蓄えられた概念の集まりであり、過去の知識が構…
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日本語教師修行、やっと2合め辺りか

10月下旬から、コロナで通信教育状態の日本語教師養成講座の受講を始めた。1ヶ月間の歩みを報告しようと思う。まずカリキュラム進行状況を示す表を見てほしい。 民間教育機関「ヒューマン・アカデミー」がインターネットで配信するEラーニング講座を好きな時に立ち上げて受講する。表の左半分、7科目✖️7教程を1月中旬までに受講し終え、1月15、16…
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母の納骨

もう4日前になった日曜、石狩の花畔墓地に母キヨヱを納骨した。9月27日命終。享年98。おかあちゃん、産んで育ててくれて、ほんまにおおきに。 この墓石は2018年10月に建てた。面(おもて)には「水の星に生き 風になる」とぼくの揮毫で彫ってもらった。 おかあちゃん、寝てないで風になって大空を吹き渡ってください。 納骨には、母…
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一念発起73歳の挑戦 日本語教師になろう

日本語教師養成講座の受講を始めた。インターネットや対面で授業を受け、最短で来年秋ごろ修了する。うまくいけば2023年春には、台湾の学校で日本語を教えている。あくまでうまくいっての話だが。  ぼくは2011年、モンゴルの農業大学で2年間、エコツーリズムを教え、帰国後、2015年から、私立大学の非常勤講師本職のマスメディアのほか、留学…
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母二人相次ぎ逝く

9月27日、実母キヨヱ97歳、9日後の10月6日、義母(妻の母)かつ代96歳が相次いで永眠しました。実母は6月に直腸がんが見つかり、一旦入院しましたが、在宅看護に切り替え、妹夫婦らの手厚い介護を受けたのち、また老衰の義母は6月下旬、札幌から大阪に出張介護に出かけた家人に見守られ、それぞれ静かに旅立ちました。    僕も8月以降、頻繁…
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浜寺は変わっちまった

大阪の旅を終え、南海線難波から関空に向かった8月11日、急行に乗らず和歌山市行き普通に乗ったのは堺市の浜寺公園駅で途中下車するためだった。浜寺は戦前の別荘地で、ぼくたちの少年期、父方の祖父母の大邸宅があった。短期間祖父母の元で暮らしたことがあり思い出深い地だ。 11歳だった昭和34(1959)年4月、河内市立中央小学校での5年生新…
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心のふるさと河内の若江岩田 その五 一人旅の出発点 若江岩田駅

今思うと、ぼくは小学低学年(1、2年生)で、一人で電車に乗って、布施や上本町に行ってたなあ。布施と今里の中間に母の養父母が住んでいて、実の孫同然にかわいがってもらった。近鉄奈良線の終点(いまは途中駅)上本町には近鉄デパートがあって、屋上遊園地が目的。こじつければ、近鉄奈良線の若江岩田駅は、後半生、大阪を去り北海道に移住、職を得てからも国…
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心のふるさと河内の若江岩田 その四 森岡綾子先生

小学校時代の心のふるさと探訪を終え、若江岩田駅に戻る時、ふと思い出した。中央小学校に入学して最初の担任、森岡綾子先生のこと。つるや電気商会から若江岩田駅に向かって歩き、中間ぐらいの所で左折すると、森岡先生が住むお寺があったはず。目見当つけて左折すると、ドンピシャ。「浄土真宗本願寺派 教岸寺」という石柱が閉じられた門の前に立っていた。表札…
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心のふるさと河内の若江岩田 その三 岩田の墓市

現在の東大阪市岩田5丁目に江戸時代、いやもっと古くからの大きな墓地がある。ぼくが幼年期を過ごした1950年代、河内市岩田だったころ、この墓の開祖、行基上人の命日に因み、毎年8月11日に、墓地に接続する岩田商店街で露店の市が立った。岩田の墓市だ。ネットで以下のような情報を得た。  ぼくたち三男1女の4人きょうだい(末弟は1961…
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