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zoom RSS 日本−シンガポールの架け橋を次世代に

<<   作成日時 : 2016/08/11 06:39   >>

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 シンガポールから日・シンの血を引くモニカ村井さん(71歳)が昨年夏に続いて来日、父の菩提を弔うため釧路にやってきた。キタは例によって札幌から車で案内、日本語のままならないモニカさんと腹違いの妹弟たちとの対話を通訳(日・英語)を引き受けている。

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釧路の居酒屋で3人の異母妹弟と記念撮影するモニカ村井さん(前列左)=10日夜

 モニカは1945年8月7日、当時、日本の占領下、昭南島と呼ばれていたシンガポールで誕生。父は日本の占領軍兵士から除隊し軍属だった村井健二さん(故人=北海道釧路出身=、母は中国系シンガポール人(故人)。8月15日の日本敗戦直後、健二さんは生後間もなくjのモニカさんと妻を置き去りにして帰国した。

 戦後、母子は健二の消息を在シンガポール日本大使館を通じて問い合わせたが、つながらず、キタがシンガポール駐在記者時代に父を探すモニカの境遇を記事に北海道新聞に掲載、健二さんが帰国後再婚した女性との間にできた1女3男と連絡が取れた。1997年のこと。

 爾来、異母きょうだいたちは両国を行き来して交流を続けている。

 昨年に次ぐ来道のモニカはまず、帯広近郊の佐藤幸二さん(85)宅に立ち寄った。1997年、キタの記事を読み、「該当する家族がいる」と連絡を北海道新聞社に連絡してくれた人。健二さんの帰国後の妻(故人)の弟にあたる。モニカの「絹恵」をはじめモニカの娘、その二人の孫に日本名を授けてくれた人でもあり、実の叔父のように慕っている。

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帯広近郊のの佐藤幸二さん宅に立ち寄り、幸二さん夫妻の心づくしの昼食をいただいたモニカさん=10日午後

 佐藤さん宅を辞し、釧路に向かう車中、ハンドルを握るキタの隣で、モニカこんなことを言った。
 「私も71歳になり、いつまでも元気でいられるわけではない。北海道のファミリーとのコンタクト(交流という意味か)は私の娘、孫たちに引き継いでいきたいが、果たして北海道の人たちはこれからもそれを望んでくれるのか。続けていいものか、実はよくわからない」。

 キタはモニカとはもう20年近い付き合いになるが、そんなことを聞いたのはこれが初めて。運転に注意しながら、これまでの日−シンガポール間の村井家の交流史に思いを巡らせた。

 「うーん、僕は当然、両側の若い世代に当然、交流を引き継ぐべきだし、北海道の人たちもそのつもりだと思う。なぜかというと、これはあなたたち個人の問題であると同時に、1940年代に世界、日本に不幸な歴史があったという事実の、あなた方は証人なのだから、それを引き継いでいく義務のようなものがあると思う。交流をやめて、きづなが途絶えてしまえば、歴史を伝えることも途絶えるのではないか¥

 モニカ「そうですね。私が子供時代に過ごした地域(ゲイランといったはず=キタ注)には私のほかにも何人か日本人と地元の女性との間に生まれた子供がいたわ。でもその人たちは誰一人、父親の消息が知れず、きづなは途絶えたことを私は知ってるわ¥

 キタ「そうだよ。モニカの場合は、シンガポールの英字紙(ストレイツタイムス)にモニカのことを書いたシンガポール人ジャーナリスト、それを見て北海道新聞に書いたキタ、その記事を見て連絡してくれた佐藤さん。いろんな人がかかわって今日のきづなが出来上がっただよね」

 夫の消息がつかめぬまま他界したモニカの母をはじめ、悲しい、悔しい思いを胸に秘めて死んでいった多くの人たちの思いが、モニカたち(そこには私、キタも含まれるだろう)に「私たちの心を伝えよ」と命じているの0かもしれない。

モニカとキタとの間にしばらく沈黙の時が流れたが、ハンドルを握りながら、そんなことを考えていた。

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釧路の居酒屋さんで店員さんに撮ってもらった。キタも家族のつもりで、中に納まった


 釧路のホテルに午後5時過ぎ、到着。6時前に、モニカの異母きょうだい、紀美子さん(1947年生まれ)、建夫さん(49年生まれ)、好明さん(52年生まれ)がやってきた。モニカが外出の準備をするのを待つ間、キタは思い切って、モニカと車中の会話のことを異母きょうだいたちにした。

 彼らは「当然、これからもお付き合いを続けるつもりだし、私たちの子や孫たちに引き継いでいってもらいたい¥と口をそろえた。

 居酒屋での会食の締めくくりにキタは「モニカさん、締めくくりになにか言いたいことはないですか。通訳しますから」。

 答えてモニカは、車中、キタに伝えたのとおなじようなことを言った。釧路側の人たちもまた、ホテルの駐車場でキタに伝えたことを口にした。

 「よかった、よかった」はキタの心の声。



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札幌から帯広への道中、夕張でメロンを食べるモニカさん。「シンガポールでは夕張メロンは1個1万円はする。ここは安いしおいしい」と喜び、1個1500円のメロンを佐藤さんへのお土産に買っていた
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道東自動車道のパーキングエリアでコーヒーを飲むモニカさん

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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