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zoom RSS キタはどこからキタ(来た)か?

<<   作成日時 : 2009/04/15 06:08   >>

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 昨日の北海道新聞夕刊社会面にとても興味深い記事が出ていました。探検家関野吉晴さん(60)が日本人のルーツを訪ねる旅としてインドネシア・スラウェシ島から丸木舟で沖縄まで4000キロの旅をスタートさせた、という記事です。実はキタの父方の祖先は今のインドネシアあたりから来たのではないかと思っているのです。
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  5、6年NHKテレビで「日本人はどこから来たか」というシリーズのドキュメントを放映していました。列島を目指したいくつかのルートの一つに南洋渡来説がありました。

 いわく−。
  氷河期以後に今のインドネシアあたりに大スンダランドという大陸があって、そこは、それはそれは肥沃で人口の多い土地だった。ところが、温暖化が進み、水位はみるみる上がり、大スンダランドは水没して高い峰だけが水面に顔を出す今の大スンダ列島、小スンダ列島になってしまった。豊かな土地をうしない、多くの人口を養うことができなくなった旧スンダランドの住民のうち、嫌われ者で追われたか、あるいは「よし口減らしのためおれがでていく」と義侠心を出した連中が丸木舟を手漕ぎで島嶼沿いに第二の故郷を目指した。今のフィリピンあたりにいったん落ち着きかけたが、ここも陸地減少による人口過剰に苦しんでおり、スンダ人はさらに島嶼沿いに台湾、沖縄へ。当時沖縄はあまり人口はなかったが、今のような温暖な気候ではなく、食べ物も豊かではなかった。スンダ人はさらに北上。九州から転々と移動、北限で中部地方あたりまで来て落ち着いた。

  その証拠として、インドネシアで発見された古代人の骨と岐阜あたりで発見された古代人骨が共通点がある。頭蓋骨の眼球を納める穴眼窩の上が隆起しているのが特徴。

  ナレーターの森田美由起さんが紹介した仮説はおおむね以上のようでした。

  それを聞いているうちにキタは左手に持っていた茶碗と、右手のお箸を、同時に落としそうになった図を想像してください。

  その番組からさかのぼること数年。シンガポール駐在時代、初めてインドネシアに出張したとき、ジャワ島はバンドン(バンドン会議で有名な)のホテルロビーで生演奏していた民族音楽をきいていたたとき、生まれる前にきいたような不思議な感慨にとらわれたのを思い出したのです。単なるデジャヴーでないもっと深いところから自分にささやきかけてくるような感慨です。

  森田さんの説明にあった眼窩上の隆起は確かにキタにもあります。キタの父も、その父、つまり祖父もみな金壺まなこでした。きっと眼窩の上を触ると私と同じように隆起していたはずです。母方のルーツは奈良の吉野でたぶん朝鮮半島から来たのでしょうが、祖父は岐阜県大垣から大阪に来て鍛造所の職工になりました。1890年ごろの生まれだと思います。生前の写真があったのでアップします。
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 あまり根拠のある話ではありませんが、@ルーツが岐阜A眼窩上の隆起Bインドネシアでの原体験−から自分はスンダ人の末裔ではないかという妄執を持つに至った次第。

  南から北を目指す志向は祖先から受け継いだものとすれば、キタが大阪からさらに北海道をめざしたのは理由のあること。しかも、北海道新聞記者になってからソウルとシンガポール駐在記者になり、父母の故地を訪ねることになったのも宿縁かもしれません。

  1985年に2度目の韓国旅行(一度目は出張)して、初めて昔の扶余(プヨ)に行った時、牛が田を耕す光景をみました。その光景、山に囲まれた地形ともに、母方の故郷奈良の吉野に酷似していました。

  母方の祖先は百済と新羅の戦いに敗れた百済方のやんごとなき一族か、またはその従者として日本列島に亡命(渡来)し、故郷によく似た風土の奈良に落ち着いたのではないか。

  だれでも知っていることですが、naraは韓国語で「国」です。

 北を目指すのが父方のDNAなのですが、「キタ」という姓は母方のもの。キタの二人の息子は北海道生まれにも拘わらず、今は大阪と東京に定住してしまいました。朝鮮半島からやや南下した母方のDNAに従えば、生まれた土地から南下するのは致し方ないことでしょうか。

  二人の息子にそれぞれ娘が一人ずついます。願わくは、北の大地に縁ある人になってほしい気もします。

  それからもうひとつ。かつて地球が温暖化による氷河の流溶のために陸地を減少させ、難民を生んだようなことが、この21世紀に起こらぬことを願っています。すでにその現象が現われている国、南太平洋のツバルは他人事ではありません。

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内 容 ニックネーム/日時
日本人はルーツ捜しが好きな国民では。
「ルーツ」というアメリカのテレビ番組があったので日本人以外も関心があると思いますが、たとえばインドネシアの人たちは自分はどこから来たのかと考えているのでしょうか。
よく候補に挙がる中国の雲南とかモンゴルの人達はどうなのかな。遠いアフリカと思いがあるのかなあ。よく聞くのはその部族の言い伝えレベルで日本人のルーツ捜し好きとは違う様な気もします。
また「西域」と聞くと懐かしさが湧いてくるのは私一人ではありません。それも記憶にあるのは小学校高学年の頃から懐かしさは生れてきています。本屋で西域とは何ぞやと探した事を思い出しました。
やはり極東という最果ての地に住んでいるからかな、逆に大本(おおもと)と考えると危険ですかね。
計算するとご先祖は兆を超える人数になります。1000年前でも簡単な計算でなります。その頃でも今でも地球の人口はそんなにいません。
だから人類皆兄弟との考えも生まれてきます。
私自身は顔は中近東、足の短さは南方と多くのご先祖様の遺伝子を受けていると考え、日本に辿りついた、そのドラマを想像する事は楽しい事です。
光増
2009/04/15 07:20

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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