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先の大戦がもたらした爪痕が今なおi癒えない庶民の体験を小説にした若松みき江さんの「約束の夏」をモチーフにした歌曲が披露されると聞き、昨日、札幌市教育文化会館小ホールで開かれた清水紫さんの「平和の祈りひびき愛コンサート」に行きました。結果は残念ながら、第1部と銘打ったその曲と演出の完成度は十分とはいえませんでした。コンサートを聞き終えて敢えて極論すれば、第1部は第2部の一人歌劇「椿姫」の引き立て役にすぎず、不満感が残りました。 キタさんはこのブログを立ち上げるとき、守るべきルールをいくつか自分に設定しました。そのひとつは、一つの事象や人物を肯定的に評価するときは実名を挙げても、厳しく批評するときは相手を不当に傷つけぬよう仮名にするか、イニシアル表示にしようということでした。しかしながら、今回は相手がプロのアーティストですから、真正面から感想を書きます。 「約束の夏」は現在は札幌在住の童話作家若松みき江さんが、終戦直後、母とともに3人の弟と旧満州から日本に引き揚げるとき、母は病気がちの末弟の命を守り、同時に残りの家族4人の帰国を全うするために、その幼い末弟を中国人夫婦に託すという究極の選択をしたという実体験を、8歳の少女の目で描いた自伝小説。自費出版のあと、北海道新聞からあらためて企画出版しました。当時キタさんは再出版に関与しました。 清水紫さんは北海道蘭越町出身の声楽家で、1983年にドイツ・ミュンヘンに留学、帰国後も道内外を舞台に数々のオペラに出演して好評を博しています。この日の第1部「安東の子守歌」は若松さんの著書を読んで心を揺さぶられ、自ら作詞作曲したと、パンフに書かれています。 第1部の冒頭、二胡をBGMにナレーターが「安東の子守歌」の背景などを説明する文章を朗読し、さらに清水さん自作の歌詞を朗読する。歌う前に歌詞をすべて朗読し、しかもワンフレーズずつ中国語訳をつける必要があったのか。長い前置き(朗読)に続く独唱は質・量ともに物足りなさを感じました。 歌詞は、断腸の思いで実子を異国に残した母の心を切々と表現しているのですが、散文を作詞家の感性で韻文に再構築するには、原作の読み込み方の浅さを感じてしまいました。若松さんは子供を置き去りにした母の悲しみだけをこの小説で表現しようとしたのではありません。 終戦直後の混乱期、国境を越えた庶民同士のヒューマニズムが物語の横軸でした。 第1部の物足りなさから一転、第2部の「椿姫」は、ヴェルディの名作歌劇を一人芝居に再構成して、伸びやかなソプラノでイタリア語のアリアを歌いまくります。日本語の舞台回しのセリフも明瞭で感情豊か。時間は第1部の2倍以上もありました。第2部がすばらしいければすばらしいほど、第1部との落差が際立つという皮肉な結果になってしまいました。 この日の小ホールはほぼ満席でしたが、かなりの部分を占めたのは、「約束の夏」とのかかわりでやって来た人たちだと思います。私もその一人でした。私たちは、「牛に引かれて善光寺まいり」ならぬ、「約束の夏」にひかれてオペラ鑑賞になりました。それはそれでよいのですが、第1部、第2部という風にプログラムを組むのであれば内容をもっと充実させてほしい、と感じました。 若松さんは、半世紀以上を経て10年以上かけ、幼い日の記憶をたぐり寄せてこの小説を書き上げました。清水さんは小説とは別の表現手段「音楽」で、中国残留孤児とその家族のトラウマに迫るというパンドラの箱を開けてしまいました。創造性豊かな声楽家の力で小説に負けない叙事詩としての「安東の子守歌」が聞ける日を楽しみにしています。 |
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