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zoom RSS 子どもたちは愛されているか

<<   作成日時 : 2008/05/05 21:14   >>

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 息子2人はともに30歳を超し、大阪と東京でカマドを持っています。北海道弁で「カマドを持つ」は所帯を持つの意。いい言葉です。余談ながら。
 本題に戻って。その2人にそれぞれ娘がいて、今年2歳と1歳になります。その孫娘たちの顔を浮かべながら子ども日をすごしました。5月5日は男の子の「端午の節句」に由来するのですが、今は「子どもの日」ですからいいでしょう。

今日の北海道新聞朝刊1面には3段見出しで「日本の子どもの数が27年連続で減少」とありました。総人口に占める子ども(15歳未満)の割合も13・5%でこれは世界最低水準だとも。これは結婚年齢に達した日本の若い男女が「子どもなんかを持ちたくない。持ちたくても将来が不安でつくる気になれない」と言っている証(あかし)のように思えてなりません。
 親は子を虐待死させ、子は「だれでも良かった」と言って親を殺す事件が頻発しています。これらの現象から導かれるのは、「子ども」という存在が今ほど親からも、社会からも、国からも愛されていない時代はかつて日本にはなかったのではないか、という恐ろしい私の仮説です。
 なぜこんなになってしまったのか。そして幼い時期に親から、社会から国から愛されなかった子どもたちが将来作る社会、日本はどんなものになるのか。

 しろがねもこがねもたまもなにせむに まされるたから こにしかめやも

 こんな万葉集の歌がありましたね。山上憶良でしたか。これは大げさな比喩ではありません。人類が末長く平和のうちに繁栄するために、何にも代えがたいこの「宝もの」をもっともっと手間ひまかけて磨かなければならなかったことを心底後悔する日がいつかくるのではないか、と心配です。
 今から10年前、シンガポールに駐在していたころ、東南アジアの国々を取材しました。そこで見た親たちは貧しくとも子どもを心から愛し、子どもも生き生きと路上で遊んでいました。いま日本でそんな光景はついぞ見られなくなりました。アジアの子どもたちを見て、日本の子どもたちとの違いは目の輝きだとあとで気づきました。
 私の孫娘たちがこれからも澄んだ瞳を輝かせていきいきと暮らせるよう、ジジババの世代がいま出来ることはなにか。考えるだけではダメ。実践しなければなりません。(08/05/05)
 
 
 

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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