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小田実の直感と実践力

 NHKラジオのストリーミング、らじるらじるで小田実(1932〜2007)の2004年インタビューを聴いた。終戦当時13歳。3回の大阪空襲を生き延びた。玉音放送前日8月14日、B29が1トン爆弾と同時にばらまいた「戦争は終わりました」のビラがアメリカとの出会いだった。敗戦から生まれた現行・日本国憲法は民主主義と平和主義を結合させた、世界…
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三陸鉄道リアス線の運行再開セレモニー

3月20日、三陸鉄道リアス線釜石駅で宮古行き切符を買ったが、強風のため、運行見合わせが続き、9時半ごろ、同駅前から宮古行き代行バスで出発。ぼくは鵜住居でなく、もう少し先の陸中山田駅で途中下車した。この駅で、運行なき、リアス線再開出発式が行われることを代行バス車中で知ったからだ。 リアス線は、岩手県大船渡市の盛駅と久慈市の久慈駅…
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三陸鉄道リアス線再開、難産すー釜石にて

3月19日、JR釜石線、盛岡始発のはまゆり5号を18時45分遠野で乗り、終着釜石についたのは19時36分。遠野で4時間の自転車ツアーのあと山城(やまじろ)鍋倉城址まで登ってかなりのお疲れ。40リットルリュックを担いで、釜石駅の裏側、サンルートホテルまで徒歩20分はちょっとこたえた。チェックインして、向かい側のセブンイレブンで缶ビールとお…
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24駅すべてにエスペラント語の愛称ー宮沢賢治ゆかりの釜石線

 東北本線花巻から枝分かれして釜石まで続くJR釜石線。その24駅すべてにエスペラント語のニックネームがつけられていた。通過した土沢駅に表示された「Brila Rivero」という、田舎駅(失礼!)が数秒チラッと目に入ったのが気にかかり、花巻観光協会に問い合わせたら、即座に教えてくれた。岩手の大詩人宮沢賢治と深い関わりを持っていた。 …
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鍋倉城址から遠野市街を一望

岩手の旅3日目、遠野滞在7時間。レンタル自転車返却して遠野博物館見学の後、裏山の鍋倉城跡に登った。16世紀、阿曽沼氏による山城(やまじろ)築城。17世紀に八戸から移封された遠野南部氏の居城となった。本丸敷地跡は意外に広い。 石段を30分以上登るも、普段10階階段登りで鍛えた5尺7寸この体、息も切らさず。本丸跡から遠野市街が一望で…
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釜石の手前に遠野があった

恥ずかしながら、この旅に出るまで柳田国男の「遠野物語」で有名な遠野がJRで盛岡から釜石への途中にあるとは知らなかった。よし、遠野で降りよう。盛岡から釜石行き快速はまゆり1号に乗る時、切符は遠野までにした。  盛岡から遠野までは1時間22分。11時4分に下車。遠野18時45分発はまゆり5号に乗るまで7時間半ある。駅前の観光協会でレン…
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盛岡から花巻経由、遠野へ

盛岡はたった1泊だったが、中世から近世、さらに近代への歴史が息づく感銘深い街だった。普段から足を鍛えているので300円で1日乗り放題の循環バスでんでんむし号を駆使しながら、明るいうちは名所を巡り、夜は3軒ハシゴ酒。桜山神社近くの中丸通りといったか、1軒目の「花の屋」という居酒屋。ぼくより少し若そうなおカミ一人で切り盛りする店が居ずまい良…
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盛岡の石川啄木

 岩手県、とりわけ盛岡には石川啄木の足跡があちこちにあった。盛岡入り初日の18日、真っ先に立ち寄った城跡公園の二の丸跡に、啄木青春の歌碑がある。 啄木の通った旧制盛岡中学はかつて「不来方(こずかた)城」と呼ばれた盛岡城跡の盛岡公園から200㍍以内。この歌碑は南部藩士邸にあった庭石に盛岡中時代からの生涯の友、金田一京助博士が揮毫した。 …
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盛岡は文化の香る街だった

3月18日の昼前にはJR盛岡についたとき、300円で1日乗り放題バスへ。のでんでん虫号というバスがあるのを、確かめてから駅前の東横インへ。荷物を預けて、盛岡駅からでんでん虫号で散策に出る。 でんでんむし号の左回りコースでまず盛岡城跡へ。現代の広大な岩手県を支配した南部家公の居城だ。地図を見ると北上川、中津川、雫石川の三…
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三浦哲郎と金田一温泉

3月18日朝、仙養館の親爺さんに車で盛岡ぎんが鉄道「金田一温泉駅」に送ってもらって、9時30分発盛岡行き鈍行に乗る。車の中で、金田一温泉が作家三浦哲郎の第2のふるさとだと教えてもらう。知らなかったなあ。三浦哲郎の出世作「忍ぶ川」は大学時代の愛読書だった。主人公の志乃を実在の女性のように思い浮かべ恋心を抱いたものだった。 …
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金田一温泉

17日午後、JR本八戸駅からJR八戸線で八戸駅に行き、三セク線青い森鉄道に乗り換え金田一温泉(二戸市)に向かう。なぜ東北初日の宿にこのひなびた温泉郷をえらんだかといえば、「金田一」という名が、かの有名な金田一京助とゆかりがあるのでは、と考えただけ。あとで、京助さんのルーツがここだと、あとから聞いた。 三セク…
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苫小牧からフェリーで八戸へ

3月16日18時30分大谷地バスセンター発苫小牧フェリー埠頭行き中央バスに乗る。1500円くらいだったか。23時59分発八戸行きシルバーフェリー(川崎近海汽船)2等 5040円. たしか夜7時半ごろ出港する便もあったが、これだと4時半八戸着。身動き取れない。 時間通り7時半ぐらいに八戸着。8時8分発のバスでJR本八戸駅…
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ソウルに行ってきます2泊1日の旅

あさって25日、ソウルに出かける。韓国へは5月に次いで2度目。  昨年来親しくなった同じマンションの友人(64歳)が「キタさん、2泊3日ホテル・往復航空運賃込みで2万円のツアーにいきませんか。韓国通に着いていきたい」とオファーがあったのは今年の春。日韓軋轢がいまほどではなかった。2人の都合をすり合わせ9月になってしまった。…
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まだ見ぬ寧波をめぐる3つの風景

 この夏の大阪、江南、東京の旅で中国浙江省の寧波(日本ではニンポーと発音しているが、ニンボーのほうがい近いようだ)がぼくの意識に何度も浮かび上がった。過去に行ったことはないし、今回の旅でも行かなかった。次回は四川省成都か浙江省寧波に行ってみたいと思っている。成都と寧波では方向が違うが。 ▲寧波は杭州湾をはさんで上海の真南。地図では…
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会津若松の和菓子「小法師」。

 昨日、会津若松の伝統的和菓子、小法師が送られてきました。先日、北大構内であった若松から一人旅の女性の贈り物です。3年前の3月訪れた会津のなつかしい味がしました。 ▲いただいた会津若松の伝統和菓子「小法師」。二つの起き上がり小法師と、小法師をかたどったかわいいお菓子が八角形の小箱にぎっしり入っています  用あって北大構内にい…
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惜しいなあ、寝台特急トワイライトの引退

 北海道新聞28日夕刊トップは来春引退する札幌ー大阪間寝台特急列車「トワイライトエクスプレス」。1989年の運行開始からまだ25年やないですか。車両老朽化は理由にならない。車両を更新すればいいだけではないか。採算がとれないのかなあ。    JR西日本が運行主体のトワイライトエクスプエスの時刻表をみると。 下り 大阪11…
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ハルハ川へ2100キロの旅(1)-ノモンハン事件

  ウランバートルから東へ、ランドクルーザ-2台を連ねてハルハ川9日間の旅。12日夕出発点に帰ってきました。往復走行距離は約2100キロ。大半が未舗装のでこぼこ道。旧日本軍とソ連・モンゴル軍が1939年に激突したノモンハン事件(ハルハ川戦争)の故地を訪ねる旅でした。 ▲ノモンハン事件の激戦の故地、ハルハ川流域の草原には野生のネギが…
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今夏最後の旅、ハルハ川地方へ

8月4日から12日まで東モンゴルハルハ川地方に旅するため、若者ボランティアとの合流地点ウランバートルにやってきました。ハルハ川地方はモンゴルの東端地域。かの有名なノモンハン事件(1939年)の舞台になったところ。ぜひ行きたかったところです。    地図を見てもらえばわかるように全行程1474キロだった先のフブスグル湖への旅を…
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いのちあるものたち-フブスグル湖2

モンゴルの青く深き湖フブスグルの夏には、命あるものたちが生き生きとした姿を見せてくれます。湖は鳥たちにとって格好の水場であり、周囲の森は小動物のすみか。海抜1600m余の湖水の周辺は色とりどりの高山植物のお花畑でした。  これらはすべて今回のフブスグル湖畔滞在中に撮影し…
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青い湖フブスグル(1)

モンゴル最大の水量を湛えるフブスグル湖に6泊7日総行程1474キロの旅をして来ました。みな底深く澄み切った青い湖の雄大さと色とりどりの花々、森、鳥、小動物たち。奇跡のような自然の営みを満喫しました。何回かに分けて報告します。  フブスグル湖はモンゴル北西部の、ロシア国境に近い東サヤン山脈山麓に位置する。標高は海抜1,645メートル…
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エレーンと二連浩特(アルリエン)

国境線を挟んでザミン・ウード(モンゴル)と二連浩特(アルリエン・ホト)が鉄道と道路でつながっています。今回往路は鉄道で、復路は乗合ジープで国境を越えました。二連は活気のあるオモシロイ町でした。  アルリエン(二連)は中国語発音で、モンゴル国の人たちはエレーン(Эрээн)と発音します。 ▲巨大マーケットで家族への土産…
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ザミン・ウードからウランバートルへ

ダルハンに帰ってきました。中国との国境二連浩特(モンゴル名エレーン)をジープで越え、モンゴル側の鉄道始発駅ザミン・ウードから列車でウランバートルへ。スフバートル行きに乗り換えダルハン着。二連浩特を出てからおよそ30時間の旅でした。 ▲モンゴル鉄道南端ザミン・ウードから一路ウランバートルを目指す列車。発車から一夜明けた午前8時ご…
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ウランバートルからダルハンへ

 ザミン・ウードからの列車は終着ウランバートルにほぼ定刻の午前9時30分到着。当初は首都に一泊して、日本に帰国する若手ボランティアのメグミさんを見送る予定でしたが、大きなバックを背負ってウロウロする気力が失せていました。10時30分発スフバートル行きがあるのを知っているので、急遽、ダルハンまで一瀉千里に帰ることにしました。リキタの急死が…
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やっと書道の半紙買う

 今回、フフホトに来た理由のひとつに、書道の半紙を買うことがあります。到着以来、文具店を見かけると必ず立ち寄って「有没有書法的紙?」(書道の紙ありませんか)と聞いてまわったけれど、答えはいつも「没有(メイヨ-)とすげない。ところがきょうやっとめぐりあえました。  朝、ホテルの1階レストランでの食事がおわると、昨日アーギーさんと約束…
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列車でモン中国境越え

  いま中国は内蒙古自治区のフフホト(呼和浩特)に来ています。ウランバートルから国際列車で国境を越え2日がかりの旅でした。東京に匹敵するような巨大都市です。一緒に来た大学のカウンターパートのアーギー先生(33歳)は同じモンゴル民族なのに、ほとんどモンゴル語が通じないことに愕然。「モンゴルに帰ったら中国語(普通語)を学ぼう」と殊勝なことを…
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混乱のバスセンター

きのう(10日)ウランバートルからダルハンに戻ってくるのに本当に疲れました。国民の夏の祝祭、ナーダムを直前に控えたモンゴル民族の移動日にかち合ってしまったからなのですが、それにしてもバスセンターの無秩序ぶりはどうだ。こんなことでは、この国が近代的な観光大国になる道は険しい。    ▲ウランバートルの都市間バスセンターの切符…
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モン中国境越えへ一歩近づく

 昨日ダルハンからウランバートルにきて、ウランバートル-二連浩特(アルレンホト)行きの片道切符を買いました。場所がわからず苦労しました。きょうは中国大使館にいってビザを即日入手する。朝から並び速攻で決めます。  9時発の都市間バスがウランバートルのバスセンターついたのは午後1時。4時間かかりました。定宿JICAボランティア連絡所行…
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中モン鉄路国境越え目指す

 16日夜ウランバートルから鉄道で南下し、中国へ行こうと考えています。そのため、8日ウランバートルに行きチケットを買ってあさって月曜(9日)、中国大使館でビザを申請します。うまくことが運ぶかどうか。無理せず、難しければやめるまで。是非にも行かな,ければならない用事があるわけじゃなし。  7日に、ダルハン駅に行ってウランバートルから…
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卒業まであと12日ー東京にて

  退任挨拶のため、東京にきています。虎ノ門にある北海道新聞社に来て、後任事業局長になるUさんと引き継ぎめいた雑談のあと、赤坂へ。北海道マラソンなどでお世話になっている出光興産のIR・広報室の方々をお招きして夕食をともにしました。今年のマラソンの状況などについて説明。来年以降もご支援いただくようお願いしました。  けさは有楽町のお…
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 支倉常長の祈りと面魂

 一昨日の事業8社会の見学プログラムのひとつとして仙台市博物館で支倉常長=はぜくら・つねなが=の肖像画(国宝)を鑑賞して衝撃を受けました。今から約400年前に伊達政宗が送り出した慶長遣欧使節団の実質的な団長としてメキシコ経由でスペイン、ローマに至り、ローマ法王にも謁見。7年後に帰国した人。彼の地で描かれた肖像画はあくまで写実的。キタはこ…
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