心のふるさと河内の若江岩田 その一 玉川小学校

8月10日、谷町9丁目のホテルから家人の母のいる上汐の公団アパートにより近鉄上本町から奈良線で7駅の若江岩田で下車。岩田商店街を歩いた。東大阪市岩田は4、5歳で物心がついた頃から小学5年の1学期まで過ごしたところ。
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 まず訪ねたのは東大阪市立玉川小学校。僕が入学したのは1954(昭和29)年、大阪府中河内郡玉川町立玉川北小学校だった。玉川町が河内市になり2年生の時、市立中央小学校に変わった。河内市はその後布施市、平岡市と合併して東大阪市になった時、校名は現在の玉川小学校になったという。

 5年生の時、両親の別居(のち離婚)で僕と次弟は堺市浜寺の父方の祖父母に引き取られ転校。結局4つの小学校と2つの中学校に通ったことになるが、やはり一番幸せな幼年時代を過ごした「岩田」の小学校は一番忘れがたい。23歳で大阪を離れ、北海道に来てからも時々夢にみたり、思い出したりしている。


 岩田の商店街から外れて、iPhoneのマップに道案内してもらいながら探し当てた「「玉川小学校」。67年前から5年近く通った学校の面影はあるようななうような。夏休みというのに子供たちの声がする教室に行ってみると先生もいる。学童保育で休み中開級しているという。
「ぼくは玉川北小学校にいました。ネットで、のちにこの学校になったと知って訪ねました。転校してから流浪の民になったので、よく校歌を口ずさみました」唐突だったが、「🎶今朝も仰いだ生駒山ー」と歌ってみると、女性の先生が「そうそう同じです」と言ってくれた。でも、校舎はぼくの通ったところから移転したそう。記憶にあるように思ったのはノスタルジーによる感情移入だったのだろう。

子供たちの写真をお願いして撮らせてもらい、授業の邪魔になるので10分ほどで退散した。

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