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zoom RSS 従軍記者

<<   作成日時 : 2016/10/10 23:13   >>

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 新聞記者時代に書いたもの。私物の外付けハードディスクに以下のような文章が社内の出稿スタイルのままで残されていた。2003年3月、発信地が旭川になっているから、旭川報道部長から本社編集局次長に転出する直前か。北海道新聞の紙面に掲載された記憶がないから、編集局報か、なにかに書いたに違いない。イラク戦争当時の喜多の考え方を表わしているような気がするので、そのままここに掲載する。

旭川
/旭川
/喜多

/従軍記者として
 
/C
/S縦18
 「兵隊なれば兵隊はかなしきかなや、この春のひねもすを、いくさするすべにすごしつ」。
これは芥川賞作家火野葦平が一九三七年(昭和十二年)ごろ、中国杭州での従軍手帳に書き付けた一編の詩だ。この手帳は兵隊三部作のひとつ「土と兵隊」の創作メモでもある。
 「いくさする」はもともと露骨に「人殺す」としたのを書き改めた形跡があるという。まぎれもない反戦詩だ。だが、厳しい軍統制の下、小説の中で活字として日の目を見ることはなかった。火野はのちに「第一級の戦争協力者」の烙印を押されることになる。
 そしてこのたびのイラク戦。
米英は「正義の戦い」ぶりを世界に発信すべく一千人の火野の後裔(えい)たちを受け入れた。自軍の都合の悪い事実は高圧的に、あるいは巧妙に記者の目から遠ざけるのはいつの世も同じだ。
 とすれば、「大本営発表のうそ」を見抜く力と気構えを持つ者だけが従軍記者の資格を持つということだろう。
 さらに思いは広がる。新聞記者という職業はおしなべて、時代に同伴し時代を射抜く従軍記者なのではないのかと。
小さな村役場やマチの団体から国家権力まで、常に生身の権力に深く接近しつつも取り込まれることなく、大本営、小本営のいやがる事実を「足と汗で」どれだけ掘り起こせるか、が問われている。
 言うのはたやすいが、三十一年の自分の来し方を振り返れば、その姿勢を貫くことが至難であることは痛いほど実感できる。
 慣れてしまえば官製情報だけで一本の原稿はできてしまう。自社データベースやYAHOOの検索エンジンにキーワードを打ち込むだけで、書きたい原稿の補強材料は居ながらにして集まる。
 たとえるなら「便利さ」という誘惑の海に浮かぶ一そうの小舟。船底から浸み込んでくる甘い液汁を常に外に掻き出していないと水船になって沈没しかねない。手こぎで目的地を目指す知的体力がいまほどジャーナリストに求められる時代はかつてなかった。
 四月を期して八人の若き"従軍記者"を迎えた。隊列への参加を歓迎する一方で、心からお願いしたい。北海道新聞の自由と独立の紙風は予め与えられたものではなく、記者一人一人のペンとキーボードから紡ぎ出されるという自覚と誇りを忘れないでほしい、と。

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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