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zoom RSS むのたけじ氏逝く

<<   作成日時 : 2016/08/22 07:59   >>

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 101歳、反戦を叫び続けた反骨のジャーナリスト、むのたけじさんが21日、101年の生涯を閉じた。こころからご冥福をおいのりします。

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むのたけじ氏のインタビュー記事「私の戦後70年」=北海道新聞


 会った、というか、ちらっとお姿を拝見したことがあります。1980年代、北海道新聞労組が社に招いて講演してもらったか、インタビューしたか。どちらだったか記憶ないし、立ち会った記憶もない。廊下ですれ違っただけだったかもしれない。30年以上前だから、ちょうどいまのキタの年代だったのか。好々爺としておられた。

 戦前、報知新聞、朝日新聞の従軍記者をして、終戦とともに、朝日を退社した。ジャーナリストとしての戦争責任を取った。軍部から、政治からペンを奪われたのではない、メディア、記者が自主規制したの戦争協力だったと断言する。故郷秋田県に帰り、家族でミニコミ「たいまつ」を発刊。生活の中から反戦・平和を訴え続けた。たいまつ休刊後も、文筆・評論・講演活動を死の直前まで続けた。

 けさ、久しぶりに前のセイコーマートに朝日、読売、日経を買いにいった。購読している道新、毎日と併せ、むのたけじ逝去をどう扱っているかを見るため。

 <道新>昨日は夏の高高校野球決勝戦で北海高校惜しくも準優勝。1面から33面(社会面)まで集中豪雨さながらの北海紙面。むの本記は二社見出し2段。三社に評伝。昨年のインタビュー記事「私の戦後70年」を担当した記者が、インタビュー時のことなどを書いている。「老記者の命の火は消えたが、『反戦平和』の願いを託した火は、私たちが確実に受け継ぎ、燃やし続けていく」という現役記者。美辞麗句でないことを祈る。

 <毎日>5紙の中で唯一、1面に本記(見出し2段)をおいたのは立派。一社に関連記事。このなかで、むのさんが以前毎日とのインタビューで「(終戦直後)朝日を退社せず、『ほんとの戦争はこうだった』と読者に伝えるべきだった」と語っている。 それをしていたら、朝日新聞社も少しは今とは変わっていたかも。

<朝日>本記、サイドともに二社に詰め込む。戦前の朝日の職場(どこの社もおなじだった)が自主規制に満ちていた責任をむのさんは退社の大きな理由にしていた。その点についての後輩たちの記述がない。あとで8面の社説「むのたけじさん逝く」を読んだらあった。1面天声人語に、むのさんは「反骨はジャーナリストの基本性質だ」と原点を見失いがちな後輩たちを戒めた、とある。朝日よ、たのんまっせ。

<読売>二社に28行、2段見出しの本記だけ。
<日経>一社に見出しなし、小さな顔写真付きの死亡記事(20行)

 こうしてみると、それぞれの社のスタンスがよくわかるなあ。

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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