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zoom RSS マスメディアとミドルメディア

<<   作成日時 : 2015/09/17 07:37   >>

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ミドル(中規模)メディアというものがあります。内田樹さんの「街場のメディア論」(光文社新書)の190ページ、「広がる『中規模』メディア 」から読んでみる。そこには現代のマスメディアが持つ脆弱性への批判があり、ミドルメディアの実行者の立場から、その「相対的優位性」を語っています。

<広がる『中規模』メディア>
マスメディア スメディアとパーソナルメディアの間にある中間的な圏域を指す新しい用語です。佐々木俊尚さんによるミドルメディアの定義は「特定の企業や業界、特定の趣味の人たちなど、数千から数十万人規模の特定層に向けて発信される情報」(佐々木俊尚「2011年 新聞・テレビ消滅」文春文庫2009年52P)

 総数600万といわれるブログには、これまで身辺雑記エッセイが多く含まれていました。ここにツイッタ―という新しいメディアが出てきました。これはいかにも日常の出来事を「随筆風」に点描するのにジャストフィットなツールですのでブログ日記の書き手たちの相当数はすでにツイッタ―に流れています。いずれブログにはそういう「やわらかいネタ」を控除した、政治経済社会文化のもろもろの事象についての演説に類するもの残されるのではないかと僕は予測しています。(外れるかもしれませんけど。ネットの未来など誰にもわかりませんから)

 でもそうなると、ブログのコンテンツはますますマスメディアのそれと「かぶる」ことになります。ネットの読者たちもそのうちに「このトピックについては〇〇ブログの精度が高い」とか「この論点については××の分析が読ませる」といった情報をツイッタ―などでばんばん流すようになるでしょう。その流れは止められないだろうと思います。


<マスメディアに内在する[すり合わせ」>
(中略)
 マスメディアには無難な情報を選好し、読者を不意打ちするような情報を忌避する傾向があるのはまちがいありません。
   <ミドルメディア自粛しない>
 その結果、情報がどんどん「口当たりのよい」ものになる。少しきつい言い方をすれば、複雑な話を単純な定式にはめ込むことになる。この傾向が外交内政を問わず政治にかかわる報道の質を著しく劣化させていると僕は思います。たしかに世界情勢は極めて複雑ですし、見通しが悪い。あまりに変数が多くて、今何が起きているのかを読者に説明することは難しい。それはわかります。でも、その結果なにが起きているかというと、国際情勢については通信社のニュースを機械的に配信するだけ、内政については、「善悪二元論」で「犯人捜し」と「ワルモノ叩き」を繰り返すだけ。メディア独自の個性的でかつ射程のひろい見識に触れて、一気に世界の見通しがよくなった、というようなことを僕はもう久しく経験していません。それが無理ならせめて、複雑な事象を複雑なまま提示するくらいの気概は示してもよいと思うのです。

 けれども、マスメディアは複雑な話を単純化して読者に飲み込み易く加工するという「書き癖」をどうしても自制できない。それは繰り返し言っているように、結局は読者を「消費者」だとみなしているからだと思います。「できるだけ安い代価で質のよい情報を手にいれようとしている」人たちだと思っている。だから読者に知的負荷を課すような記事が書けない。辞書を引く手間をかけさせられない。そんなことをしたら、もっと「リーダーフレンドリー」な他紙へ移ってしまうのを恐れている。自分で自分を縛っているのです。

 そういうのはまずいんじゃないかと僕は思います。たしかにマスメディアは巨大なビジネスですから、消費者のニーズに合う紙面を作らなければならないということは理解できます。消費者のリテラシーが下がれば、それに合わせて報道や解説の質も下げなければならない、という切ない事情もわからないではありません。市場原理を適用すれば、そうなる他ない。でも、それを認めてしまえば、メディアの知的なクオリティーは無限後退するしかないでしょう。
 ミドルメディアの相対的有利はその点にあると僕は思っています。たしかにミドルメディアは送信コストが安い。でも問題はコストじゃない。もともと営利目的で始めたことではないからです。
 (中略)
 「それは私と意見が違うからそんなことを書くな」とか「お前の話はわかりにくいから簡単にしろ」というような「消費者」的デマンドはいっさい配慮しない。語彙についての規制もしないし、新聞が「自粛」する言葉もどんどん使う。場合によっては、話が尻切れトンボになっても、前に書いたことと整合しなくても、構わない。なにを書いても、誰にも怒られない(怒っている人がいるかもしれませんけれど、その声はさいわい僕には届きません。それがミドルメディアの書き手であることの最大の利点だと僕は思います。

 そして、そうやって多年にわたり、読者に向けて無償の情報を発信し続けることを通じて、結果的には「これくらいのクオリティの文章なら、有償で購入してもよい」という人が出現してきた。
 それはある意味では、化粧品の試供品と一緒だと思います。とりあえず無料でじゃんじゃん配る。使って見た人が「あ、これならお金出して買ってもいいや」と思えば、そこにビジネスが成立する。



 

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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