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zoom RSS 絵文字化する日本語

<<   作成日時 : 2014/05/08 08:52   >>

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 携帯やSNSのチャットで短い文章を交換するのに絵文字や(笑)(涙)などを使って文章を極力短くする傾向にあります。まあ風潮としてしかたないか、とも思う。しかし、そのうち新聞やインタネットのニュース欄まで、絵文字が出てくるのではないか、と心配で夜も寝られない。

黒田、3勝目を逃す…7回2/3を3失点降板直後同点に


 これはYahoo!のポータルサイトにあったスポーツニュースの見出し。<スポニチアネックス 5月7日(水)13時52分配信>とあります。


 この見出しの意味がわかりますか。「〜3失点も」の「も」を赤字で大きくした理由は、この「も」より前の文章から「も」以後の文章へ、劇的な状況の変化があったことを表現しようとしているのです。



かいつまんで説明しますと、

 ヤンキースの黒田投手が3勝目を逸した。どんな投球だったかというと7回と3分の2を投げて3失点。まずまず好投(クォリティースタートというらしい)した。  ところが、黒田投手にとってはなんたる不運か。リリーフした投手がすぐに1点取られ同点になってしまった。

 この「ところが、黒田投手にとってはなんたる不運か」のニュアンスをたった一文字で表現しようというのが「も」です。

 この「も」をわたしは「横着の『も』」と呼んでいます。
「あれも、これも」の「も」とまったく同じ名詞+「も」の形をとりながら、その表現するところの「多様さ」にわたしは驚嘆しています。

キタ座右の電子辞書の「大辞泉」の「も」を検索しますと、

 も[接助詞]  形容詞・形容詞型活用語の連用形、動詞、動詞型活用語の連体形に付く。逆説の意を表す。…とも。…ても。…けれども。「見たくもみられない」「努力するも報われなかった」「いつしかと涼しき程待ち出(い)でたるも、なほ、はればれしからぬは、見苦しきわざかな」(⇒源氏物語・宿木)

つまりスポニチ見出しのような名詞「3失点」+「も」という形は日本語にはない、いや、なかった。

 しかしいまは、スポーツ新聞どころか、一般紙(北海道新聞も)にもざらにこの名詞+もは出てきます。

 この「も」はどちらかというと文語的表現で、従来「きのう、黒田は好投するも、報われなかったねえ」などと会話の中では使うと、「あいつの日本語はへんだね」となる。

 ところが、最近では――

 NHKのローカルニュースでも「〇〇投手は好投もむくわれませんでした」と言っていました。

 この「横着のも」を正当化しようというひとたちは、「いや、あれは名詞+も、ではなく『好投する』という動詞語尾を省略しただけで、『動詞の連体形+も』の精神は継承している」と強弁するかもしれません。

 言葉は生き物で時代とともに変化する。誤用が慣用に転じる例は、枚挙にいとまがない、という人もいます。わたしはこれも是とします。

 病膏肓(こうこう)に入る⇒膏盲(こうもう) 独擅(どくせん)場⇒独壇(どくだん)場

 でもこれらの罪は浅い。日本語全体に及ぼす悪影響があるわけではない。

 しかし、横着の「も」はすでに日本語を破壊しているから、罪深い。コンピューターウイルスのようにまだまだ破壊し続けるでしょう。

 こう書くと、なにか、「も」という言葉そのものを非難しているようですが、もちろん罪深いのは、そんな横着な「も」を編み出し、逆・進化させている人たちです。このもは明らかにメディアを担うノ―タリンなヤカラが苦し紛れに使いはじめ、「こりゃあ便利だ」とどんどん活用範囲を広げていった。

 このヘンな「名詞+も」が新聞紙面に出始めたころ、キタは北海道新聞編集局にいました。ことあるごとに「健闘も報われず」でなく「健闘するも、だ」と指摘しましたが、結局は多勢に無勢、悪貨は良貨を駆逐する、になってしまったのがこんにちの現状です。

 なぜこんな日本語破壊が加速するのか。

 便利であればよい、だいたいの意味が通じればよいと思う人間が増えたからでしょう。絵文字もそう。冗談で言っていることを、文章の工夫ではなく、文末に(笑い)(笑)(爆)などを入れて表現するのもそう。こういう文章軽視の日本人の姿勢が横着の「も」を生み育てていると、わたしは思っています。

 文章軽視につながるのは、こどものころから現代日本語で書かれたまともな書物を読まず、マンガやテレビのバラエティーを先生にいちおうの日本語を習得してきたことと相関関係があるとも思っています。

 いま、新聞の見出しを見て感じるのは漢字の多用と接続助詞や動詞語尾の省略です。まるで中国の新聞のようですが、見出しの意味は中国の新聞より取りにくい。あいまい化が進んでいる。詳しくは本記を読んでくださいという投げやり、開き直りを感じてしまう。 新聞には社会の縮図を見てとることができる。と、同時に新聞に、日本語の将来をもみてとれるような気がします。

 
日本語は絵文字や記号にまみれながら、これからますます破壊が進むのではないか。文章に深みがなく、書き手、話し手の意図が正確に伝わらないような日本語に向かって。

  



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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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