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zoom RSS ジャーナリストの自己規制。

<<   作成日時 : 2013/08/10 05:27   >>

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 8月15日を前に考えること。1945年までの日本について、軍国主義の暴走だけをあげつらうわけにはいかない。それを止められなかったジャーナリズムの責任は重く、戦後、そして今日さえも、ジャーナリズムが果たすべき責任が健全に機能しているか、厳しく自省しなければならない状況下にあります。
 
 
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 半藤一利著「ドキュメント 太平洋戦争への道」(PHP文庫)の第2章「朝日新聞と満州事変」を読む。昭和5年(1930年)当時、軍縮への論陣の先頭に立つ朝日新聞の、編集局長だった緒方竹虎は翌年の柳条湖事件を境に新聞界が、軍部への協力に傾斜していったことを戦後述懐している。

 「昭和6年以前と以後の朝日新聞には木に竹をついだような矛盾を感じるであろうが、柳条溝(注・柳条湖に同じ)の爆発で、一挙に準戦時体制に入るとともに、新聞紙はすべて沈黙を余儀なくされた」と緒方は朝日新聞70年小史の中で述べているが、半藤は柳条湖事件に端を発する満州事変から2・26事件(1936年)へと続く戦争体制突入に、新聞界が自ら笛を吹き太鼓を叩いたのだと分析する。 当時、軍部は新聞によって導かれる世論を恐れていた。新聞は勇気をもってすれば自由に書けたのである、とも。

 もう一冊の書がキタの手元にあります。山川力著「新聞の自己規制」(未来社)。第4章「自己規制の背後にあるもの」の中で、「権力と言論の自由とは本来的に相容れがたい対立関係にある。しかしことは決して単純には運んでいない」とした上で、@ある時は権力による言論弾圧Aある時は、マスメディアが権力に対して規制からの解放を強く求めるBある時は権力が政策的にマスメディアとの融和を図るCある時はマスメディアが権力との共存をすすんでもとめる−の4つの場面があり、ジグザグの関係を繰り返すと書いている。

 大事なことは、表現の自己調整、すなわち自己規制は@BCのもとにみられる、と明快に述べています。権力とマスメディアの目的とするところは基本的に違うのに、そのくせ、頼り合いの関係を捨てきれない。まさしくこれが自己規制を芽生えさせ育てる土壌である、と山川。

 私、キタが新聞社にいた38年間を振り返っても、卒業後の現状をみても、1913年生まれ、終戦直前の1945年6月から1970年代まで北海道新聞に籍を置いた大先輩記者の警告は生き続けています。

 山川さんの著書のタイトル「新聞の自己規制」は、主体を明確にする意味で「新聞人の自己規制」と置き換えてもよいと、キタは考えています。ジャーナリスト一人一人の問題として捉えかえしたい。

 ちなみに山川力(つとむ)さん。キタが1972年が新聞記者になったころの論説主幹で入試の面接官でした。質問を受けた記憶はないが、小柄で、風貌もキタの学生時代すくなからず傾倒したサルトルに似ていました。入社後直接話したこともありません。

 

 

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文章があれば、話に辻褄を合わせることが可能になる。
話に矛盾があれば、事実関係調べをしてこの世の事の次第を明らかにすることができる。

文章があれば、非現実 (過去・未来) の内容にも、辻褄を合わせることが出来る。
過去の恐竜の時代のことも、未来の宇宙旅行のことも、話に筋道を立てて語ることが出来る。

非現実の内容を語ろうとしても、文章がなければ、支離滅裂の出鱈目となる。
仮説にはならずして、空想になる。

英語のように時制があれば、過去や未来の世界の内容を文章としてそれぞれの世界を表すことが出来る。
日本語のように時制がなければ、想いの内容は空想・妄想となって、聞いても人は真面目になれない。鬼も笑いだす。

非現実の内容を、現実に実現すれば、それは創造である。
現実の内容を、現実において再現すれば、それは模倣である。

特殊アジア三国 (日本・韓国・中国) の言葉には時制がない。
これらの国々は、模倣にたけて、創造に乏しい。パクリ文化圏を形成している。

丸暗記という一種の模倣競争を使って選抜試験を行うので、試験地獄が起こる。
国際化時代において、もはや、無哲学・能天気ではいられない。
創造力を育成するため、非現実の内容に辻褄を合わせる能力を議論により試す必要がある。

英語を共通語として使用すれば、過酷な模倣競争を避けることも可能になる。
非現実の内容を理想として尊んで、その実現に励む日常生活を送るも可能になる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

noga
2013/08/11 04:51

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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