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zoom RSS 7年まえの4月25日

<<   作成日時 : 2012/04/25 22:54   >>

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 7年前のきょう、4月25日はふたつの事柄で生涯忘れられない日になっています。ひとつは右耳の鼓膜を再生する鼓室形成手術というのを北大病院で受けました。手術は失敗。術後まもなく、鼓膜は再び壊死し、いまもぽっかり穴があいたままです。それはもうしかたがないとあきらめています。もうひとつの事柄。キタが全身麻酔による約2時間(だったと思う)の手術を受けている同じほぼ時間帯に、JR西日本福知山線で列車が脱線転覆乗客乗員計107人が死亡する大事故がありました。人災というにはあまりにむごい犠牲者の数でした。

 わたしの手術について、当時勤務していた北海道新聞旭川版の、本紙とは違う別刷り紙面に定期的に書いていたコラムがあります。以下長いが引用します。

       <がん病室から>
 
 4月25日、札幌・北大病院で、幼少からの持病である慢性中耳炎由来の手術を受け、いま入院している。

 入院生活は小学校4年生のとき、盲腸炎を患って以来のことだ。意識のないうちに執刀される全身麻酔手術と聞き、再び覚醒するだろうかと、びびりまくったが、「案ずるより、産むが易し」だった。点滴チューブに麻酔薬が注入されるや、映画のフェードアウトのように目の前が真っ暗になった。そのまま眠りに落ちていた。気が付くと病室のベッドの上。すべては終わっていた。

 いまは簡単な手術でも全身麻酔を使う。局所麻酔だと、筆者のような臆病患者だと恐怖感でいらぬ出血をし、止血に追われて手術が手間取ることもあるから、と主治医のF教授に教えていただいた。

 病室は9階の4人部屋。通路を挟んでカーテンで仕切られた「田の字型」。入り口から時計回りに声帯がんのAさん(50)、咽喉がんのBさん(67)、中耳炎の筆者、頬のがんのCさん(60代)。つまり筆者を除いてすべてがん患者。入院した日、実は「がん病棟ならぬがん病室か」と気が滅入ってしまった。

 Aさんは1月に入院。がんのため声帯と食道を切除し、声帯の代わりに自分の腸の移植を受ける手術を受け、人工声帯形成手術を待つ間、代用食道の嚥下リハビリを受けている。Bさんは5年前、舌がんで舌を部分切除し、自己筋肉を移植したが、今年咽喉がんが発見され、再入院。放射線治療中。Cさんも昨年手術したが、再発した。

 Cさんの手術は筆者と同じ25日午前9時に始まったが、病室に戻ってきたのは午後4時過ぎ。それに引き換え、こちらは昼前に病室に戻り、夕方には歩いてトイレにいくという軽い手術だった。同じ部屋の3人は自分の足でナースステーション前まで歩いて3度の食事を取りに行くのが日課だが、Cさんは術後4日を過ぎてもチューブを使った流動食。顔の腫れ、微熱、嘔吐感が続き、ベッドから起きるのはトイレと診察の時ぐらいという苦しい毎日だ。

 そんなCさんを対面(トイメン)のAさんが常に気遣い、氷まくらの氷を取り替えたり、ベッドの高さを調節したり、点滴や流動食のチューブを留めるテープを付け替えたり。

 もちろん、それらは看護師さんの仕事だが、Cさんが看護師さんを呼ぶ前に、ちょっとしたしぐさのサインを読み取ってしまうAさん。「自分も大手術後の苦しいときがあったので、看護婦さんより先に気持ちがわかるんです」。声帯を失ったAさんは購入したばかりの人工喉頭機を電気ひげそり機のようにのど仏にあてがって、上手に発音する。

 Bさんのことも書いておこう。読書家で終日静かに文庫本を読んでいる。筆者のそばにやってきて「ここに置いとくから」と本を何冊か置いていってくれた。

 それぞれが心身ともに苦しい闘病生活を送りつつも、不安、苛立ちを見せることなく、軽症の筆者を気遣ってくれる人たち。がんが日本人の死因の30%に達したいま、筆者も決して他人ごとではないと心の準備をしなければならないだろう。その一方で、医学の進歩で、いまや「がんイコール死」ではなくなったこと、「がんは治る」が日本の常識なったことも、この病室を明るいものにしていると筆者には感じる。
               
 今回の入院ではいろんなことを学び、考えさせられる機会を得た思いがします。それでもやはり5月5日(予定)の退院が待ち遠しい。仕事もたまっています。それよりもなによりも、緑と水の旭川に早く戻りたい。
                         (2005年5月2日)
                             ◆
 手術の失敗が分かるのは退院後。主治医から「もう一度やりますか」と聞かれたけれど、とても同じ病院で失敗した手術をもう一度受ける気にはなりませんでした。

 それよりも、鉄道事故のほう。発生は午前9時18分というから、わたしの手術が始まった時間とほぼ同じ時間帯です。死者107人と負傷者562人。事故の背景には競合私鉄との集客バトルがあるといわれています。たしか、JR西日本の経営陣も刑事裁判の被告人席にすわりましたが、1審では無罪。民事も含めてこれからどうなるのか、わたしには情報はありませんが、わが誕生日(5月25日)のちょうど1カ月前におきたふたつの事柄は、毎年のことながら心にずしりと響きます。




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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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