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zoom RSS 新聞戦士の志は引き継がれた

<<   作成日時 : 2009/05/22 04:52   >>

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 昨日朝、キタの自宅から歩いて5、6分の斎場で、突然の病魔に襲われ道半ばで倒れた前途有為の北海道新聞記者の葬儀が営まれました。報道本部の遊軍担当M君(享年42)。キタとは2世代下であり、編集局管理職時代にもすれ違いだったため、その仕事振りは直接知らず、顔を見知っている程度ですが、周囲の声は総じて「きわめて優れたサツ回り記者であり、すばらしい人物だった」という評価です。葬儀は「痛恨」の二文字に覆い尽くされたものでした。

  キタが編集局次長、総務を務めたころには、一連の裏金報道をめぐって、北海道警察と北海道新聞の関係はすでに史上最悪になっており、04年に編集局を離れた後に道警キャップになったM君の苦労はいかばかりだったか、察しがつきます。

  そんな環境のなかで、M君は次々と特ダネ報道を飛ばし、道新のサツ回りチームを牽引しました。家庭にはあっては夫人との間に6歳と2歳の娘さんがあり、人一倍子煩悩。今月23日にある長女の運動会を楽しみにしていたといいます。

 また、取材のために乗ったタクシーが小さな自損事故を起こしたとき、近く個人営業への転進を希望する運転手に配慮して、会社への報告を伏せたという、時効になったエピソードも後任道警キャップY君の弔辞で披露されました。

 おや、と思ったのは警察報道の一番のライバル社、Y紙の当時のキャップからの丁重な弔電があったことです。
 これらを総合して、その人物像は、辣腕記者でありながら、同時にやさしさを持って花も実もある人生を歩む男だったことが容易にしのばれます。
 
 Y君の弔辞は、一人の記者が命をすり減らして全うした仕事ぶりと、その先輩から受けた薫陶に限りない感謝をささげる真情あふれるものでした。出棺のとき、M君と苦楽を共にした若き記者の面々がなきがらをがっちりエスコートして野辺送りするのを見ました。

 M君の夭折には気の毒で悔やんでも悔やみきれませんが、同時に、その記者魂は後輩たちにきっちり引き継がれたのだなあ、と頼もしくもありました。

  昨今の自社の社会面を見ながら、サツダネの扱いの悪さが目立つことに心を痛めていましたが、道新サツ回りはこれからもどっこいがんばってくれると信じています。

 キタは社会部時代、サツ回りで振り出したのですが、向いていないのか半年でポスト換えになりましたからえらそうなことはいえませんが、その仕事の厳しさのいったんは味わいました。あらゆる取材の原点が「サツ回りにある」というのは今も昔も真実だと思います。

  警察取材、事件取材をおろそかにして新聞の未来jはない、というのは今も、将来も真理です。

  焼香に際し、M君の霊に心から感謝をささげ、冥福をお祈りすると共に、「北海道新聞をまもってください」とお願いしました。 

 
 

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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