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zoom RSS マユミと金賢姫

<<   作成日時 : 2009/03/10 22:59   >>

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  北朝鮮による拉致被害者田口八重子さんの家族が,、115人の犠牲者を生んだ大韓航空機の爆破犯、金賢姫元死刑囚に会うというニュースを見て、1988年9月の容疑者発覚当時を思い出します。ソウル特派員として,現地でオリンピックを取材している時、東亜日報の夕刊に前年11月に起きた爆破事件の実行犯として、ハチヤ・マユミという日本の偽造旅券を持つ女性を拘束したというニュースが1面トップにでました。

  当時、ソウルはサマータイムを採用していました。韓国と日本の時差1時間を利用してキタはすぐ原稿をつくって東京に送りましたが、信憑性が低いという判断で当日の夕刊には紙面化されませんでした。今から思うととても残念です。

 それから3年半後の92年2月、キタはマユミこと金賢姫に単独インタビューしました。すでに何社かが、単独インタビューしたあとで、新事実は出ませんでしたが、李恩恵(リ・ウネ)と名乗る日本人拉致被害者の女性に日本語を習ったことなどを話していました。

 李さんは拉致される前、さっぽろ雪まつりにいったことがあると話していた、と金賢姫がキタに答えたことが、北海道新聞に対する唯一の新味のあるニュースでした。李恩恵さんが田口八重子さんであるとわかったのは、キタのインタビューのあとでした。

  田口さんの息子さんと金賢姫が会って話しても、田口さんのその後につながる消息を得られるか、明確な希望を持つことは難しいと思います。残念ながら。  でも、息子さんにとってまだ見ぬ母の消息に接する手がかりになることは事実でしょう。

 キタがインタビューした金賢姫さんの印象は頭がよさそうでした。日本に行ったことがないにもかかわらず、日本語には相当な理解力がありました。約1時間のインタビューはすべて日本語でした。話し声はちょっと甲高く、若いころの春川ますみさんを彷彿させました。
 
 田口さんの息子さんは金さんとの会見で、新しい事実をつかむことはむずかしくとも、母から習ったという金賢姫さんの語り口から、母の口調、人となりを忍ぶことができるかもしれません。

  超法規的措置で死刑を特赦された金元死刑囚ですが、田口さんの家族と誠実に向き合い、田口八重子さんについて知ることをすべて開示する義務は一生涯あると思います。下の写真は92年2月下旬。4年半のソウル勤務を終え帰国する前にインタビューが実現しました。
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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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