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help リーダーに追加 RSS 新藤兼人95歳の映画

<<   作成日時 : 2008/12/01 23:26   >>

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 きょうは、大通公園の西のどん詰まり札幌市資料館で開かれている「おおば比呂司没後20年展」のことを書こうと、会場に行ったら月曜休館でした。そうでした、たいていの公立美術館、博物館のたぐいは月曜が休館日でした。残念。それではと、何を書こうかと思案した末、ちょっと前、狸小路のシアターkinoでみた新藤兼人監督95歳の最新作「石内尋常高等小学校 花は散れども」の話をしましょう。

 映画冒頭のシーン。時は大正末期の広島県。
 なにかの授業(科目は忘れました)が始まり、市川先生(柄本明)が板書している。最前列の机に突っ伏し三吉がグーグーといびきをかいて寝ている。怒って三吉を起こす先生。

  先生「こらあ、三吉、起きて水の入ったバケツをもって後ろに立っとれ。お前は昨日何をしとったか?」
  三吉「ばあちゃんと田植えの手伝いをしていました」
  先生「ばあちゃんはなにをしとったかあ」
  三吉「ばあちゃんは田植えが見えるよう明かりで照らしていました」
  先生「お前は何をしておったか」
  三吉「ぼくは田植えをしていました」
  先生「田植えはいつまで続いたのか」
  三吉「朝まで続きました」
   (それを聞きみるみるうちに大粒の涙を流す先生)
  先生「そおか、何も知らずに、立っとれ、などと言った先生は大ばかものじゃ。悪かった。なんぼでも寝ていいぞ。飯は食ったか」
  三吉「食いました」
  先生「米の飯をくったか」
  三吉「いいえ、麦のめしです」
  先生「そうか。お前たち百姓は麦を食って米をつくっとるのだなあ」(先生号泣)

 うろ覚えですが、こんなやりとりだったと思います。ここからストーリーが展開。先生と生徒、人間と人間の絆がそこにありました。新藤兼人の自伝映画です。三吉は長じて村の収入役から村長になる。主人公の山崎少年(新藤監督がモデル、豊川悦司)は早くに村を出、売れないシナリオライターになる。後年、先生をはじめ、故郷の友は帰郷した山崎少年を暖かく迎える。

  キタは冒頭の先生と生徒のやりとりでも早くもウルウル状態でした。

 新藤作品は、古くは大阪府河内市(現東大阪市)の小学校時代、学校からちょっと離れた映画館に行って団体鑑賞した「第五福竜丸」に始まり、ケーブルテレビで見た無声映画の「裸の島」が強烈に焼き付いています。それらに比べると、最新作は「のほほん」としたものですが、何と言っても95歳で劇映画を作るんです。新藤作品らしいヒューマニズムがあふれています。雀百まで踊り忘れず。かねと百まで映画忘れず。

  キタの好きな日本の映画監督は、黒澤明、今村昌平、野村芳太郎、新藤兼人です。
 

 

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