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zoom RSS 新聞と読者の間の非対称的関係について

<<   作成日時 : 2008/09/30 10:37   >>

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 最近、「非対称的」(asymmetric)」というキーワードが気になっています。初めてこの言葉を聞いたのは、下りの伝達速度が圧倒的に早く上りを遅くすることで、効率的なデータのやり取りができる「非対称通信」ADSLが出てきたときでした。その後、ベトナム戦争やイラク戦争など超大国と弱小国との戦いを「非対称的戦争」という切り口で見るようになりました。非対称的戦争は大国が必ずしも勝って終わるというわけではない。米国がいう「テロとの戦い」も「非対称的戦争」の一つというわけです。

 ここから一挙に飛躍して、「非対称」をキーワードに新聞と読者の関係を考えてみるとどうなるか。

 新聞社はその情報網と蓄積を統合、分析して日々紙面をつくり、読者にとって最大限に有効有益な情報を提供しているという自負があります。その提供する情報は読者のニーズに十分こたえているという自負もあります。

 しかしIT化が加速度的に進化するなかで、若い世代の情報に対するビヘイビアは大きく変わりました。まず天下国家を語り、「〜ねばならぬ」「〜であるべきだ」という堅苦しい文体の新聞より、知りたいことだけを、キーワード検索して、さらっと斜め読みする。日ハムが勝ったかどうかといった一次情報なら直接課金されないYAHOO!やGOOGLEのポータルサイト経由で差し支えなしとう人たちが圧倒的になってしまいました。

 それでも新聞は過去と変わらない古典的な読者へのイメージをもち、読者のニーズはこうだろうという思い込みで紙面をつくっている面があるとキタさんは考えています。つまり、新聞と読者との間には過去のどの時代よりも大きな「非対称性」が横たわっていると思うのです。

  これを放置していたらますます、その期待の「非対称性」は肥大します。
  たとえば、インターネットが提供するニュースコンテンツは既存の日刊新聞であったり、時事通信、共同通信であったりします。さら専門家や一般人のブログ論壇であったり。つまり、インターネットで情報を取ろうというひとにとって、既存の大手新聞社も一般人のブログも同じ土俵の上のニュースソースでしかない。そんな受け止め方の人たちが増えているのです。威厳を失った学校の先生に似ているかもしれません。

  こういう状況で、新聞社はどんな紙面をつくって読者の購読をつなぎとめていくのか。少なくとも旧態依然ではどうにもなりません。

 それからもうひとつ、現代人の特徴をいうと、情報を受け取るだけでなく、発信したいという願望が強い。願望というより、すでに一つのビヘイビアになっているのです。その現れがブログやホームページを開設し、運営している人の多いこと。特に日本人は。一般の主婦や、勤めを終えたシルバー世代でも。その人たちは決して、新聞か、インタ-ネットの二者択一ではなく、両方から情報を得ている人も多いはずです。この発信行動の旺盛な人たちに対し、どう双方向的な新聞を提供していくのか、も重要な課題です。

  とにかく、新聞は自分と読者(読者になる可能性のある市民も含めて)との非対称性について、もっともっと真剣に考えて自己変革してい行かなければ、生き延びることはできません。わが身をもてあまし絶滅した恐竜たちの運命をたどるわけにはいきません。

  

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Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
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