感謝カンレキ雨あられ @アジア群島人

アクセスカウンタ

zoom RSS 書く立場と書かれる立場−36年前の大晦日のこと

<<   作成日時 : 2008/08/27 05:09   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

  新聞社の編集局に32年ほど在籍しましたが、駆け出し記者時代、書く(取材する)立場と書かれる(取材される)立場の違いによってこうも感じ方が違うのか、ということを思い知らされた経験を記してみようと思います。記者は傲慢であってはならない、という戒めをこめて。それは1972年12月31日大みそかの夜でした。稚内支局で記者のスタートを切った年。生意気盛りです。

 大事件が発生した時を除いて、大みそかは支局生活で一番しんどい日です。それは正月の数日間を休むために、書きだめするヒマネタ=一定の期間中、いつ掲載されてもよい話題もの=の締切日だからです。前日までのものを含めて5、6本は用意しておくため、必死で腕がしびれるほど、原稿用紙に書き連ねます。それが終わるのは毎年、テレビの紅白歌合戦のトリが登場するころでした。

その年よく聞いたのはちあきなおみの「喝采」(これが紅白の大トリだったか)、森昌子の「先生」、三善えいじ(漢字が思い出せません)の「雨にぬれながあら」という出だしの曲(曲名思い出せません)。ウタマロの「サルビアの花」でした。社会人一年目、北海道暮らし1年目、結婚1年目によく聞いた曲はすべて鮮明です。

 閑話休題。 
二人の支局員が仕事を終るのを待ち兼ねたのん兵衛支局長が事務室のデスクにサントリーレッドの徳用サイズを立てて「さあ飲め」と始まります。水割りを2、3杯重ねたころ、警察の当直司令に警戒電話を入れると、「たったいま、曲淵の国鉄天北線で踏切事故。乗用車と列車が衝突した模様」とのこと。「キタ、お前行け」と酔眼の支局長。曲淵は稚内市街から15キロほどの集落。こんな時は現場までパトカーに便乗するに限ります。

  支局からは歩いて5分の稚内署に行き、首尾よく出発間際のパトカーの後部座席に乗せてもらいました。現場に着くと乗用車は大破、列車は先頭車両の前部を損傷していましたが乗客にけが人はないとのこと。次に先発隊の警官に「乗用の運転手は?」と尋ねると、そばに自分と同じくらいの20代の青年がいました。かすり傷一つないようです。第一当事者(事故の主たる原因をつくった当事者)としての事情聴取を終えたということなので、警官の許可を得て、直接、話を聞くことにしました。

 しばらくのやり取りの後、この青年が突然怒り出しました。「俺が命からがら車から抜け出して助かった事故なのに、あんた臭うね。酒飲んでるじゃないか。不謹慎な記者だ」といいます。

 「なにい、勝手なこというな。こっちは一年で一番忙しい日にやっと仕事が終わって、くつろいでいる時に君が不注意な事故を起こしたんじゃないか。不謹慎はどっちやねん(激すると大阪弁がいまでも出ます)」。

 いまならこんなストレートな物言いをせず、「すみませんねえ。通常勤務を終えたので、上司の許可を得て少し飲みました。毎日、24時間待機ですから酒を飲んでいても事件事故が起きる時もよくあります。飲んでいるからといって現場に行かないわけにはいかんのです」ぐらいなことは言ったでしょうが、なにせ生意気盛り。「まあ、まあ」と警官がとりなしてくれ、その場はおさまりました。

 あとで考えると、青年のいうことがもっともです。新聞が社会正義だとか、社会への警鐘だとか言って、偉そうに書くだけでは読者にも、書かれる当事者にも納得をしてもらえないことがあります。「相手の立場になって取材をしよう」と少し反省しました。だからといって、生意気記者がその大みそかを限りに卒業できたかというと、そう簡単にはいきませんでした。ますます生意気になっていったかもしれません。

 でもあの夜のことが今でも思い出されます。36年前、24歳でした。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
 現役で入りましたが、大学の居心地が良くて5年間いました。その1年間にいろいろなことをしていろいろかんがえました。それが今日につながっていると思います。がむsゃらに走るばかりが人生でないことを知った一年です。
 偲ぶ会の面々、懐かしい名前ばかりです。北海道からお供えものを送ろうと思います。ぎりぎりです。高山君の店の住所と店名を教えてください。
キタさん
2008/08/27 20:16
高山元吉の店は、「黒馬」豊中市庄内東町1-5-8 電話06-6331-5017 です。
前田耕三や平良も遅れて参加予定
サンペイ
2008/08/28 10:11
 ありゃ、喜多は確か大学へは現役で行ったはずでは。1年空白だ(笑)
さて、コメントではないけど、還暦前の7月に死去した畑中徹の同級生の偲ぶ会を8月31日にラクビーの高山の店でします。在阪の畑中の親しい人に呼びかけて、参加者は女性陣は山内、守屋、今井、織田、平手、上野(旧姓)男は林谷、萩原、中原、昆布、小田、島田、中田、スーヤン、福井、高山と私 の計17名(まだ増えると思う)懐かしいだろう。
コメントではなく故郷通信でした。
光増
2008/08/28 15:58

コメントする help

ニックネーム
本 文

Kita, WHO?

1948年大阪生まれ。元北海道新聞記者。11年3月から13年3月まで、JICAシニアボランティアとしてモンゴル国立農大(ХААИС)ダルハン校でエコツーリズムと基礎日本語を教えた。趣味は渓流釣り、映画、クラシック音楽鑑賞、漢字書道。書号は景泉 にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
にほんブログ村 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北海道情報へ
にほんブログ村


    
書く立場と書かれる立場−36年前の大晦日のこと 感謝カンレキ雨あられ @アジア群島人/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる